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東京地方裁判所 昭和44年(合わ)308号 判決 1973年12月26日

主文

被告人を懲役三年に処する。

本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、長崎県で生まれ、その他の高等学校を卒業後、上京して東京都大田区所在の興亜工業株式会社で工員として働いていたものであるが、昭和四四年八月三一日川崎市民会館において、京浜労働者反戦団と学生戦闘団の合同の集会が行なわれ、四日後に出発が予定された外務大臣愛知揆一(当時)の訪ソ・訪米を阻止することを確認し、羽田空港への突入を含む過激な行動が計画された際、被告人はこれに参加し、一〇名位の者とともに、空港に突入して外相の訪ソ・訪米を実力で阻止するための決死隊員に応募した。その後、被告人は坂口弘を中心とする仲間といつしよに羽田空港周辺の下見に行つたり、具体的な侵入方法などについて種々協議を重ねたが、同年九月二日頃に至り、陸からの空港侵入は警戒が厳重で困難であることから海から泳いで空港に渡る方法がおおむね了承され、なお空港攻撃とともに在日米・ソ両大使館を火炎びんで攻撃することも決められ、決死隊員中泳げる者が空港襲撃を、泳げない者が両大使館襲撃を担当することになつた。そして、さらに見分や協議をした結果、同月三日朝に至り、空港突入の決死隊員は被告人および坂口弘、吉野雅邦、伊波正美、赤間善雄の計五名と最終的に決定し、海を渡つて空港に入り、外相搭乗機が離陸する時に滑走路に火炎びんを投げつけることを了承した。同日夜半、右五名は、徒歩で昭和島へ渡り、そこでかねて下見の際に草むらの中に用意しておいたガソリン缶、灯油缶および空びん入りのリユツクサツクをとり出し、海岸で浮袋をふくらませ、これに荷物を積み、翌四日午前零時頃、全員パンツひとつの姿になつて海に入り、昭和島から京浜六区埋立地までの約二〇〇メートルの海面を浮袋につかまつて泳ぎ、京浜六区埋立地を経て、その南方に位する空港B滑走路埋立工事現場までの約一五〇メートルの海面をサンドパイプに沿い右浮袋を引つぱりながら徒渉し、同日明け方近い頃、B滑走路突端付近に上陸した。そして右五名はそこで空びんにガソリンおよび灯油の混合液をつめて布きれで栓をしたいわゆる火炎びん十数本を製造し、外相搭乗機の離陸出発時まで、付近の鉄管などにひそんで待機していた。

(罪となるべき事実)

被告人およびほか四名の前記五名は共謀のうえ、昭和四四年九月四日、愛知外相搭乗機の出発予定時刻である午前八時二〇分頃、右五名において、東京都大田羽田一丁目同二丁目所在の東京国際空港C滑走路上を、赤旗を振りかざし、手に手に点火した火炎びんを持ち、一団となつて南進しながら、点火した火炎びん二本を同滑走路上に投げつけて、これを燃えあがらせるとともに、右火炎びんのガラス破片を同滑走路上に散乱させ、折から同滑走路に南側から着地して滑走中の日本航空株式会社(以下「日航」と略称する)のダグラスDC八型ジェット航空機(機長ドナルド・R・ドイル、乗客五八名)をはじめ、その頃同滑走路を使用して相次いで着陸または離陸しようとしていた多数の航空機に対し、接触、失速、滑走路からの逸脱、火災等の事故発生のおそれある状態を作り出し、もつて航空の危険を生じさせるとともに、東京空港事務所航空管制官をして、事故回避のため、右ダグラスDC八型ジェット航空機に対し、炎上中の右火の直前で転回して逆進する緊急操作を命じさせたうえ、右五名の逮捕、炎上中の火の消火、滑走路上のガラス破片の除去等の安全確保のための措置が完了した同日午後八時四〇分頃までの間、同空港の全滑走路閉鎖の措置をとるのやむなきに至らせ、そのため、右ダグラスDC八型ジェット航空機が右のような転回逆進の緊急操作を行なつたほか、日航・ソ連国営航空アエロフロート共同運航航空機(機長ニコライ・I・クリツキー、乗客外務大臣愛知揆一ら一一八名)ほか一六機の航空機の離着陸を約五分間ないし三〇分間にわたつて遅延させ、もつて威力を用いて東京国際空港の航空機発着に関する業務および日航等の航空機運航業務を妨害したものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

第一弁護人の主張

(一)  航空法一三八条と同法五三条を比較すると、同法一三八条にいう「その他の方法」とは「損壊」に準ずる行為をいうものであつて、被告人らの行為は右の「その他の方法」にはあたらない。このように解することによつてはじめて、構成要件の明確性の要請にこたえることができる。しかして被告人らの行為は同法五三条に違反するものにすぎない。

(二)  被告人らの行為によつて、航空法一三八条にいう航空の危険は発生していない。

(三)  威力業務妨害について、本件においては業務妨害の程度が極めて小さく、被告人らの行為の目的をあわせて考えると、可罰的違法性がない。

(四)  被告人らの行為は、目的において正当であるのみならず、手段においても、他の方法がなく、やむをえないものであつて、超法規的に違法性が阻却される。

第二当裁判所の判断

(一)  弁護人の主張(一)について。航空法一三八条は、「飛行場の設備若しくは航空保安施設を損壊し、又はその他の方法で航空の危険を生じさせた者は、二年以上の有期懲役に処する。」と規定している。これに対して同法五三条は、「何人も滑走路、誘導路その他運輸省令で定める飛行場の重要な設備又は航空保安施設を損傷し、その他これらの機能をそこなうおそれのある行為をしてはならない。」「何人も、飛行場内で、航空機に向かつて物を投げ、その他航空の危険を生じさせるおそれのある行為で運輸省令で定めるものを行つてはならない。」「何人も、みだりに着陸帯、誘導路、エプロン又は格納庫に立ち入つてはならない。」と規定し、右に違反した者に対し、同法一五〇条は五万円以下の罰金に処する旨規定している。右によれば、航空法一三八条の罪は航空の危険を生じさせることを要件としているものであつて、具体的危険犯と解すべきものであり、同法五三条違反の罪は、同条において航空の危険を生じさせるおそれのある行為を禁止行為として抽象的に掲げているにすぎないものであつて、抽象的危険犯と解すべきものである。両者の間において構成要件の明確性に欠けるところはない。しかして、航空法一三八条にいう「その他の方法」とは、行為の形態において「損壊」に準ずるものをいうにとどまらず、行為の危険性において損壊に準ずるものをも含むと解すべきであるところ、被告人らの行為は、その危険性において「損壊」に準ずるものとして同法一三八条にいう「その他の方法」にあたるものと認めることができ、被告人らの行為によつて航空の危険が生じた以上(この点については次に詳説する。)、同法一三八条の罪が成立するのであつて、弁護人の右主張は採用することができない。

(二)  弁護人の主張(二)について。航空法一三八条にいう航空の危険とは、航空機の衝突、接触、墜落、顛覆、火災等の事故発生の可能性ある状態をいうものと解すべきである。しかして航空法一三八条の罪が成立するためには、事故発生の可能性ある状態を作り出すこともつて足り、右のような事故発生の必然性ないし蓋然性も要しないものと解すべきである。

ところで事故発生の可能性の存否については、航空法一三八条の「航空の危険」が規範的な概念であることにかんがみると、自然科学的な検討のみにとどまることは相当ではなく、健全な通常人や航空関係の業務に従事する職業人の認識・経験に基づく検討も綜合して決すべきものである。

本件においては、被告人らの行為により、点火した火炎びん二本が滑走路上に投げつけられ、燃えあがるとともに、右火炎びんのガラス破片が同滑走路上に散乱したというのであり、折から同滑走路には、日航のダグラスDC八型ジェット航空機(乗客五八名)が南側から着地して滑走中であるほか、多数の航空機が同滑走路において着陸または離陸の予定であつたというのであるから、健全な通常人の認識・経験を基準とするときは、右事実関係のみからしても、事故発生の可能性ある状態が作り出されたとみるべきことは明らかであるといわなければならない。

ところで、証人深見和雄(運輸省航空局東京空港事務所航務課長)は、離陸機の場合には、滑走をはじめて機長が突然目の前に火炎びんの火を発見したときは、避けたいけれども避けられないのが現実であり、仮りに避けようとすれば顛覆や芝生帯に突つ込む事故を起す可能性が高く、従つて、航空機は火炎びんの火の中を強行して滑走することになるが、引火性の強い燃料を積んでいるので若干でも燃料漏れがあれば引火の可能性があり、またガラス破片による車輪のパンクも考えられ、着陸機の場合には、着陸復航は機長らがその必要が生じるかもしれないと予期しているときは危険はないが、高度を逐次低下してまさに着陸する瞬間に突然外部のある事象のために復航するようなときは、機長らとしてもよほどチームワークを取つてやらないと不安定な状況になり、最悪の場合には失速墜落の可能性もある旨を供述する(公判調書中の同証人の供述記載)。また、証人肥爪義一(日本航空株式会社運航技術部課長補佐)は、航空事故というものはパイロットの一瞬の判断の差によつて起きている場合が多く、また比較的些細なことがまず発端となつて起きる場合が多いことから、本件のような場合、機長に与える心理影響的ということを考えると、大事故に至る可能性もあり、航空機のタイヤが火炎びんの火を踏んだと仮定すれば、着陸時にはタイヤそのものが相当熱くなつている状況であり、ガソリンがダイヤの回りに付着して、それが回るということになれば、タイヤそのものが燃えるということもありうるし、航空機事故というものは、一つだけの因子ではなく、ある因子が重なつたときに起きているケースが非常に多い旨を供述する(同証人の速記録)。右によれば、航空関係の業務に従事する職業人の認識・経験を基準としても、本件において事故発生の可能性ある状態が作り出されたものということができる。

また、亀山忠直作成の鑑定書ならびに証人亀山忠直の速記録によれば、航空機が着陸前に本件のような状況を発見して復航しようとする場合、二エンジン付航空機で、一エンジンが不作動になれば、高度や速度などの条件によつては失速の可能性があり、三エンジン付航空機でも一エンジンが不作動になれば危険性があること、滑走路上で火炎びんが燃えていた場合、航空機が火炎を踏んで進行すれば、ブレーキから漏れて車輪に付着している作動油などに燃えつき、車輪外側が炎上する可能性があること、また燃料が漏れて燃料・空気の混合ガスが発生していると容易に着火して火災になる可能性があること、航空機と人体が接触した場合、接触場所がエンジンの空気吸入口付近であれば、人体がジエットエンジンに吸い込まれる可能性が多く、そうなるとエンジンが使用不能の状態になること、パイロットが最も緊張するのは、離陸滑走を開始してから浮上し或る高度に達するまでの間と、接地前から接地し着陸滑走に移つて完全停止付近に至るまでの間であつて、かかる時に不意にパイロットに心理的衝撃を与えることは、思わぬミスを惹起して事故誘発の原因となる可能性があること、また、パイロットにとつて、不意に前方に障害物が現われた場合、それが航空機に損傷を与えるかどうかを適確に判断することや障害物と航空機との正確な距離を判定することは、多くの場合不可能と思われ、このような場合、パイロットが反射的に障害物を回避する措置をとることが考えられ、それによつて方向変移を起したときは、滑走中の航空機は一旦方向の変移が生じると正常の方向への復元は困難であり、結果として滑走路からの逸脱や首輪の脚の折損などの事故を招く可能性があること、などを認めることができる。

もつとも、松岡秀雄作成の鑑定書は、パイロットの受ける心理的影響について、「突発的な或いは特異な事態の発生は、例えば機長の心理的ショックを誘発し、或いは心理的ショックを受けないにしても、早急な選択をせまられる中での判断ミスを誘発し、これが更には操作ミスを引き起し、究極的には事故に連結していく可能性があることは一般に考えられるところである。」としながらも、「突発的或いは特異な事態の発生が即事故の発生につながるものではないということであろう。」として、パイロットの受ける心理的影響の面からの事故発生の可能性を結局において否定しているが、この点について証人松岡秀雄は、「要するに、突発的な事態とか、特異な事態が発生しても、事故にならないことが現実にあるわけです。」と供述している(同証人の速記録による。以下同じ。)ことにかんがみると、前記の「即事故の発生につながるものではない」というのは、事故発生の必然性がないという意味に帰するもので、事故発生の可能性を否定する理由にはならないと思われる。また同鑑定書は、「突発的或いは特異な事態が機長の理想的な対応に対しても、或いは教科書的な対応に対しても事故発生につながる場合は問題外である。」とするが、この点について、証人松岡秀雄は、問題外というのはここで議論すべき事柄ではないという意味であるといい、人間の能力の限界以上の要求を人間に課するような機械の設計思想が間違つているという考えを前提にして、前記のような場合を設計ミスと評価する旨を供述する。これは理想的な設計を追求する姿勢を示すものではあろうが、航空機の設計は基本的には滑走路が正常な状態に保たれていることを前提としてなされるであろうし、また現実の問題として、従来の常識では予期しえないことが原因となつて航空機事故が発生していることもないわけではなく、前記のような場合を問題外として無視することで足りるとするわけにはいかないであろう。その他、同鑑定書の記載内容は詳細にわたつているが、パイロットの操縦訓練、飛行場の管制業務等がすべて完全に行われていて、異常事態が発生したとしても適切に即応できるものと把握し、それを前提としている傾きがあり、また証人松岡秀雄の供述によれば、同人はパイロットの操縦上の問題についてはあまり経験がないということであり、これらを併せ考えると、航空の危険について消極的である同鑑定書の結論を直ちに採用することはできない。

以上を綜合すると、本件においては、航空の危険が生じたものと認定することができ、弁護人の右主張は採用することができない。

(三)  弁護人の主張(三)について。被告人らの行為により判示のように東京国際空港の航空機発着に関する業務および日航等の航空機運航業務が妨害されたのであつて、右業務妨害の程度が極めて小さいものであるということは到底できない。従つて可罰的違法性がないとはいえず、弁護人の右主張は採用することができない。

(四)  弁護人の主張(四)について。被告人らは愛知外相の訪ソ・訪米に反対し、これを実力で阻止するため、外相搭乗機の出発に際し、羽田空港に突入し、滑走路上に火炎びんを投げるなどの行為に出たものであつて、右行為には被告人らの政治的主張を表明する目的も含まれているとはいえ、その手段として右のような過激な行動をとることが現行法秩序の容認しないものであることは多言を要せずして明らかである。従つて被告人らの行為について超法規的に違法性が阻却されるということはなく、弁護人の右主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、航空の危険を生じさせた点は航空法一三八条、刑法六〇条に、威力業務妨害の点は包括して刑法二三四条、二三三条、六〇条、罰金等臨時措置法三条(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律六一号による改正前のものを適用する)に、各該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い右航空法違反の罪の刑で処断することとし、所定刑期範囲内において、被告人を懲役三年に処し、刑法二五条一項を適用して本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

(量刑の事情)

本件は、現に使用中の空港滑走路に火炎びんを投げ込むという異常なものであり、しかも綿密な謀議にもとづく計画的な犯行であつて、現代社会における航空機の航行の重要性と一旦事故が発生した場合の結果の重大性にかんがみると、行為者の責任は極めて重いというべきである。

しかしながら、被告人についてさらに考察を加えると、被告人は本件において主謀者的地位にあつたものとは認められないこと、未だ若年であつて、これまでに前科、前歴がなく、本件についても反省し、現在は親元の佐世保市において職業訓練所に入所して溶接技術の習得にはげみ、更生の道を見出そうと努めていること、今後は本件のような過激な運動には加わらない旨を誓つていることなど、諸般の事情を考慮すると、刑の執行を猶予するのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

(船田三雄 杉山伸顕 井深泰夫)

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